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■ クロス所有規制とコンテンツ産業 2006/01/25

 ソフトパワーという言葉を聞かれたことありますか?軍事力などのハードパワーに対比して、その国の魅力や文化の力のことをソフトパワーと言います。今、世界中で日本のアニメやゲームなどのポップカルチャーが大人気です。「カワイイ」という言葉は英語でも、フランス語でも、さらにロシア語でもそのまま通用します。日本のソフトパワーが注目されるにつれ、その基礎となるコンテンツ産業への関心も高まってきました。今問題となっているライブドアとフジサンケイグループのニッポン放送をめぐる買収騒動が起きたことはまだ私たちの記憶に新しいものです。
 これらの事件は、会社経営と資本市場のあり方を考える機会を私たちにくれました。さらに、テレビ局と新聞社が同じ資本関係にあることにも気付かせてくれました。私たちの常識では、テレビ局は新聞社の子会社であり、5大新聞社が民法のキー局5チャンネルを支配しているはずでした。フジサンケイグループではこの関係が逆転しており、ニッポン放送というラジオ局がフジテレビの親会社で、産経新聞はフジテレビの子会社だったので、びっくりしました。
 しかし、この日本の常識は世界の非常識なのです。先進国では、新聞と放送の兼営は異常なことなのです。たとえば、米国では、1975年から一つの市場の中で、新聞社と放送局を同時に所有、経営することは法律で全面的に禁止されてきました。その背景には、自由で多様な言論こそ民主主義の基礎であり、新聞とテレビのように市民に影響力の強いメディアが同じ資本系列になれば、相互の批判が起きなくなり、民主主義の自殺につながるとの考えがあるのです。メディアの集中排除原則の中でも、この規制はクロス所有規制と呼ばれ、特に重要視されてきました。日本のように「5大新聞=5大テレビ局」という状況は明らかにクロス所有規制違反です。
 ところが2003年になって、米国の連邦逓信委員会(FCC)が、放送事業に関する所有規制を緩和する提案をしました。その中に、このクロス所有規制を緩和する、すなわち「一つの市場で4局以上のテレビ局があれば、今後新聞と放送の兼営を認める。」という提案がありました。当然ですが、この規制緩和に対して、上院議会をはじめ、消費者団体なども猛反発し、デモ行進など米国内では大きな騒ぎになりました。それほど、重要な規制だったため、結局、この事件は裁判になりました。2004年6月24日の高等裁判所の判決で「FCCの分析には欠陥がある」との理由で、クロス所有規制緩和策は差し戻しになったのです。FCCはその後、クロス所有規制緩和策を出してこなくなりました。
 私の知る限り、この事件に関する報道を日本のテレビや新聞で目にしたことはありません。皆さんはいかがですか?まさか、「寝た子を起こすことはない。」ということで もないでしょうが、新聞社とテレビ局が同じ資本系列になったときに、報道の実態がどうなるのか、日本の現状が良いお手本です。日本にクロス所有規制がないために、先進国と比較すると、ビジネス面でも日本のテレビ局の力が強くなっているのではないでしょうか?「日経エンタテインメント!」という雑誌の2003年の調査では、フジテレビの平均年収が1497万円(平均年齢39.8歳)で業界ナンバー1でした。
 テレビに番組を供給しているアニメ業界でトップの東映アニメーションですら平均年収707万円(平均年齢40.2歳)とその半分以下です。業界第2位のトムス・エンタテインメントでは同482万円(同33.6歳)ですから、テレビ局とアニメ会社との間で、独占禁止法上の公正な取引環境が存在するのかどうか疑問になります。
 ソフトパワーの源泉となるアニメなどのコンテンツを作る産業を育てていくという観点からも、公正で正確な報道を担保し民主主義を守るという観点からも、まずは日本にクロス所有規制を導入するかどうか、その是非を議論し始めてはどうでしょうか。

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